「俳句・ハイク」名句選
名句選
自句選
ジェームス・W・ハケット 10句選・短評 中村泰美 訳
McMaster, Visnja (Croatia)
マクマスター、ヴィニア(クロアチア)
back empty-handed from the bursting meadow: idle ikebana bowl |
若草の萌える草原から 手ぶらで帰る 生花の花器は空っぽのまま |
花器は空っぽ野の花摘むをためらえば
俳句を作るということはきれいに生け花をいけるのと同じくらい繊細な作業である。この俳句にはみごとな技巧と抑制が感じられる。
一語一語の効果を緻密に計算してたいへん慎重に暗示的な言葉を使っている。「bursting」(=萌え出る)の1語などそのよい例であろう。この1語は単に限られた季節や風景を表現するだけでなく、「この俳人がこの詩を作った理由」も示している。
また、「idle ikebana bowl」(=空っぽのままの生け花の花器)という1節も効果的だ。
さらに一句の中の句切れが非常に優れているため、含蓄のある間を生み出すことにも成功している。最も繊細で巧緻な表現を用いた好例である。
Kathy Lippard Cobb(USA)
コブ、キャシー L. (アメリカ)
untended garden-- the old man’s unsteady hand adds red to the rose |
荒れ果てた庭・・・ 老人の震える手が 薔薇に赤を加える |
薔薇真っ赤老人の手は頼りなし
明瞭で鮮やかな句。一読でとりこになる風景が描かれている。
句の対称に愛情を注ぎ、仔細に観察した結果生まれた句である。「老人」と「手入れのされていない荒れ果てた庭」とがすばらしいハーモニーを生み出しており、強く胸に迫ってくる。庭は手入れが行き届かず荒れ果てているのに、「老人」も真っ赤な「薔薇の花」も夏を
力強く生き抜いている。模範的な句である。
Celia Stuart-Powles(USA)
ステュアート・パウルス、シリア(アメリカ)
Barely contained in its thin velvet skin - soft fragrant peach |
ビロードの薄皮の中に かろうじて包まれている ほのかに香る桃 |
熟れ桃やビロードの肌はちけそう
すばらしい俳句。一つの桃の美しさをその鋭く繊細な感性で捕らえた作品。
句の内容や視点の絞り方、表現方法のいずれもが斬新だが、それにもかかわらずこの句は生命力に満ち溢れストレートに胸に迫ってくる。実際に自分の目や鼻で色や香りを体感したその一瞬がとても鮮やかに描かれている。熟した桃の際立った「あるがまま(の本質)」を限られた音節の中で表現するのはたいへんなことだ。
俳句は「自然を写生する詩」だが、名句と呼ばれる句は作者の心情も同時に表現しているものだ。はちきれんばかりに熟した桃の手触りや香り、そういった感覚を超えてもっと深いテーマを暗示しているような一句だ。
芭蕉が唱えたように、こういった暗示の積み重ねにより俳人と句の対象は密接につながり一体となるのだ。
Lesly Lendrum(Scotland)
レンドラム、レスリー(スコットランド)
A broken nutshell and a twisted root remain where the hazel grew |
砕けた木の実の殻と ねじれた木の根が残っている ヘーゼルナッツの木があったところに |
切り株やヘーゼルナッツの皮こぼれ
この俳句はその繊細さでほかの句と一線を画している。句の繊細さが世俗的なものを品位あるものに高めた好例である。この作者は俳句作りの本質を明確に理解している。
伝統的な俳句の詩型を上手に用いて禅宗の教え「あるがまま」の精神をたっぷりと吹き込んだ風景を描いている。この句の持つ荒涼とした憂鬱な雰囲気は、失ったものに対して我々が抱く感情にぴったり寄り添ってくる。すでに存在のないものに視点を当てるとはなんと挑戦的なことだろう。そしてこの句の場合、なんと見事な成功をおさめていることだろう。
Jim Kacian(USA)
ジム・ケーシアン(アメリカ)
harvest dusk-- sitting in the wheelbarrow with the potatoes |
収穫の日の夕暮れ 猫車に座る ジャガイモと一緒に |
芋と子を乗せ猫車帰路に着く
忘れられない1句である。この句はある種の滑稽さ、ほほえましさを通り越して美しい。1日の終わり、収穫に疲れた農夫がひと時の憩いに猫車に腰を下ろしたのだろうか?それとも眠くなった子供を乗せて家路についたのだろうか?
どのような解釈であれ、この句の中には大地と重労働を通して生き抜いて行く生命のオーラが溢れている。ゴッホの初期の作品に描かれた農夫の生活が偲ばれるような・・・気の遠くなるように美しい絵画的な美しさがそこにはある。
Brain Wells(UK)
ブライアン・ウェールズ(イギリス)
Almost unnoticed the dying bee on the path scatters its pollen |
ひっそりと 路上の死に際の蜂が 花粉を撒き散らす |
冬蜂死すあたり花粉を散りばめて
驚くべき細心の注意を払って断末魔の瞬間を生のもう一つの側面として捉えた句である。
客観的な一行目の表現が暗示に富んでいて神秘的だ。ここにはいかなる感傷もない。ただそこに感じられるのは小さな生き物に注がれた作者の暖かい視線と慈しみである。
この句は形式において伝統を完璧に踏まえており、作者の大変な努力が偲ばれる。しかし、よい英語俳句は形式がすべてではない。この句が示すように細心の注意で自分の経験を活写することが非常に大切なのである。
Patrick Blanche(France)
パトリック・ブランシェ(フランス)
Une pomme, une seule, au verger abandonne’ rogit pour l’hiver One apple, just one, the abandoned orchard reddens for winter (tr. By James Kirkup) |
りんごが一つ、ただ一つ 荒れ果てた果樹園に 冬に向かって赤らんでいる (英訳:ジェイムズ・カーカップ) |
りんご一つ一つ灯して園荒るる
Robert Bebek(Croatia)
ロバート・ベベク(クロアティア)
翻訳者不詳
a vernal rain - in no way can I walk slowly enough |
春の雨― 私はゆっくりと歩いている これ以上はゆっくり歩けないほどに |
Billie Wilson, Alaska, USA
ビリー・ウィルソン(アラスカ、アメリカ)
Tears blur the meadow -- one small pony nuzzles my hand. |
涙に牧場の草が潤んで見える 一頭の子馬が 手に鼻を摺り寄せてきた |
若駒や涙に潤む牧の草
Lee Guarga(USA)
リー・ガーガ(アメリカ)
running with the car-- the tip of the dog’s tail through the knee-high corn |
車を追いかけて 犬の尻尾の先が 膝の高さのもろこし畑越しに |
Caroline Gourlay(UK)
キャロライン・グーレイ(イギリス)
in the small gap between quivering nettles - rabbit’s still eye |
揺れる茨の茂みの 小さな隙間から 野うさぎのじっと見つめる目 |
薔薇壷に野兎の目の赤さかな